Home > だいたい解決する探偵 終幕

だいたい解決する探偵 終幕

  • 2009-10-01 (木)

事の発端は3年前の、夏の終わり頃だった。突然、東京の街はずれで一件の殺人事件が起こった。容疑者として浮かび上がった男性は二名いたが、証拠も不十分、警察もいまひとつ犯人を断定しきれずにいた。そして、そこに出てきたのが、探偵の黒田だった。

 

彼は数少ない証拠から判断して、容疑者のうちの一人の山中という男こそ犯人だと自信満々に指摘した。黒田は当時知名度こそなかったものの、その話術もあって警察は山中を逮捕。あろうことか山中に自白を強要し、彼はそのまま殺人の罪で起訴された。そしてついには20年の実刑判決を受け、前年に結婚したばかりの妻とも離れ離れとなった。もう一人の容疑者はというと、まったくの無実として扱われ、何の処分もなかったのだった。

その山中という男こそ、今回の事件の舞台となった“やまなか荘”の所有者であり、中村の夫でもあった。そして、そのもう一人の容疑者こそが今回殺害された小野であった。

 

山中は投獄されてからというもの、中村に何度も獄中から手紙を送った。彼から毎週欠かさず送られてくる手紙の冒頭の書き出しは、いつも決まっていた。

「俺はやっていない」

 

ある日、失意に暮れた中村が町を歩いていると、道路を挟んで反対側の歩道に、小野の姿を見つけた。彼が一軒の喫茶店に入ったのを見た中村は、考えるより先に歩を進めていた。彼女は小野が座ったテーブルの斜め向かいの席に座り、雑誌を読む振りをしながら小野の様子を伺った。そして携帯電話で何者かと話す小野の会話を聞いて、愕然とした。

 

「山中にはホント感謝しないとな。だってよ、綺麗さっぱり俺の罪を被ってくれたんだから。だろ?ああ、そうだな。何とかっていう探偵にもお礼言っとかなくちゃな、もう顔も名前も覚えちゃいないが。あん時はさすがに俺も逮捕されるかと思ったけど、あの探偵のお陰で助かったらしいからな。ほんと、世の中にいい人ってのはたくさんいるもんだ」

 

こうして中村は黒田と小野の殺害を計画した。黒田の探偵事務所に助手として潜入し、毎日事務をこなしながら、そして毎晩山中からの手紙を読み返しながら、殺害実行の機会をうかがっていたのだった。

 

やまなか荘とその山は、中村にとって思い出の場所だった。山中が父から譲り受けたというこの山荘は、自然が豊かで、何より静かだった。夏になるたびに二人はここにやってきて、山を散策したり、山荘で料理を作ったりした。山中は絵を描くのが好きだったが、あまり上手ではなかった。それでも中村は絵を描いている山中が、好きだった。

山中の父の親友であった管理人の津田は、山中夫妻に対してとてもよく接した。既に亡き親友の息子に、いわれのない殺人の罪を着せた黒田と小野を、深く恨んだ。人のよい津田のどこからそれほど黒い感情が湧き上がってくるのか不思議なほど、深く、そして黒く恨んだ。中村と津田は何度も電話で殺害の計画を練った。

そして山中が投獄されてから3年後の冬に、実行した。

無料の宿泊券は、中村が自分で事務所に送った。また、小野に対しては犯行以前から何度も交流を重ねておき、そして小野に無料の宿泊券を、一人の未婚女性を装って“プレゼントしたのだった。中村が難なく小野の部屋に入れたのも、そういった理由によるものだった。

 

「私は小野を殺すつもりで部屋に入りました。私が部屋の鍵をかけると、小野は嫌らしい顔をして笑いました。そして、何の前口上もなく、襲い掛かってきました。私は近くにあった植木鉢を手に取り、それで小野のこめかみを打ちました。小野の殺害は、自己防衛といえば自己防衛なのかもしれません。部屋のテーブルに避妊具を見つけたせいでしょうか、どういう訳か罪悪感はまるで起こりませんでした」

 

小野に対して中村は、自分が探偵の助手であるということは事前に知らせておいたが、その探偵が黒田という、小野を救った張本人であることは隠しておいた。小野も自分を救った探偵の名前と顔は知らないようだったし、黒田も小野のことは“過去の容疑者”として忘れているようだった。

 

「私はここへ来る車の中で、黒田に聞きました。『これまで誤った推理をしたことはありませんか?』って。もし彼が私の夫のことについて深く反省していたなら、あるいは後悔していたなら、私は実行をためらったでしょう。着替えるといって部屋に残った際、帽子に毒を塗る手も、わずかに震えたことでしょう。

でも彼は、『ないよ。俺には分かっちゃうんだよ』って言ってました。それからこうも言いました。『世の中の悪い奴らが、幸せそうに暮らしてるのは最悪だ』って。だから殺したんです。世の中の悪い奴らを、幸せに暮らさせないように」

 

中村はそう動機を述べた後、津田に向かって「ごめんなさい」と謝った。津田は「私こそ、コーヒーメイカーくらい置いておくべきでした。すみません」と言って、また頭をかいた。

 

翌朝到着した警察によって、中村と津田は逮捕された。大川とユウコとマリ、そして岩崎も事情を聞かれたが、その日の昼には開放された。ちなみに電話線が切れているというのは津田の嘘だったらしく、何の問題もなく電話は通じた。

 

逮捕の直前、中村は玄関前でこう言った。「探偵が事件を解決する時って、いつもそう。事件の推理はしても、事件が起こる原因になった環境を直そうとはしない」

そして警察に手錠をかけられ、津田と共にパトカーに乗り込む際、中村は大川を振り返ってこう言った。

 

「探偵は事件を、だいたいしか解決しないのよ」

 

 

それから1ヵ月後、大川は家の近所の本屋で、漫画雑誌を立ち読みしていた。あんな事件に出くわしたというのに、今では園児たちに混じって、いつもどおりの戦場を繰り広げている。別れた彼女とはまた寄りを戻せたものの、「パスタの麺が硬い」だの、「どら焼き買ってきて」だの言う彼女は、園児以上に手が焼ける。自分の心が休まる場所はこの世には存在しないんじゃないか、そう思った。

 

雑誌を読み進めていくうち、自分の大好きな探偵漫画のページにあたった。E.沢木という漫画家が描いている、今年アニメにもなった漫画だ。今週はどんな事件だろうと読み進めていくと、それはどうも、どこかで見覚えのある展開の内容だった。

主人公の探偵がどういう訳か死亡し、それまで脇役だった男が探偵役を買って出て・・・。

更には、その脇役の男の顔と、本屋のガラス窓に移る自分の顔は、信じられないほどよく似ているのだった。

 

そこで大川は気がついた。この漫画の作者のE.沢木って名前、どこかで最近聞いたような気がするな。E.沢木・・・イー・サワキ・・・いさわき・・・岩崎!この漫画書いてたの岩崎さんだったのか!大川は雑誌を落としそうになった。そういえば彼は、「これじゃ本物の密室殺人だ!」だとか「まさか俺が・・・」だとか言っていた。まさか俺が、本当の殺人事件に出くわすなんて。そう言いたかったんだろう。あれは探偵漫画を描いてたからこその台詞だったのだ。

多分、彼がズボンにつけてしまったという黒い液体も、本物のインクに違いない。恐らく彼は小野さんが殺害される直前まで漫画の原稿を書いていたが、小野さんの悲鳴を聞いて驚き、その時にインクの壷を倒してしまったのかもしれない。それでズボンだけパジャマという、あんなアンバランスな格好で出てきたのかも。トイレと嘘をついて自分の部屋に戻ったのも、きっとインクで汚れてしまった部屋を掃除しようとしたからだ。

そうだ、「仕事は自営業」と言っていたし、「今日は仕事も兼ねている」というのは、恐らく連載用の原稿を持参していたからだろう。そして、料理をおいしそうに食べていたのも、あの日が久しぶりの休暇で久しぶりの旅行だったからだろう。そう考えると納得がいく。これだけの人気漫画家なら落ち着いて料理を食べる暇なんかないはずだ。

 

へー、こんな可愛い絵をあの岩崎さんがねえ・・・。そんなことを考えながらページをめくっていくと、漫画の最後のページに辿り着いた。事件の真相が脇役の青年によって暴かれ、犯人の女性がパトカーに連行された後で、その青年が大川にそっくりな顔をこちらを向いて、言った。

「次の事件も、かなり解決!」

 

「“だいたい”と“かなり”って、どっちが上なんだ?」大川はぷっと笑って、雑誌をパタンと閉じ、推理小説を物色しに小説のコーナーへ足を進めた。

Home > だいたい解決する探偵 終幕

Search
Feeds

Page Top