- 2009-10-01 (木)
「こぎ・・・うみ・・・?」ユウコが文字を訓読みした。「そうかい、じゃない?」続いてマリが音読みした。「何これ、これ何なの?」二人は顔を見合わせて、不安がった。
中村は文字を眺め、「これはきっと犯人の名前、もしくはそれに繋がる情報、つまりダイイングメッセージだと思います」と言った。
「でもでも、最初に部屋に入った時点で小野さんは既に死んでましたよ」マリが言った。「それに、最初に部屋に入った時には植木鉢の底には何も書いてありませんでした。ですよね?だとすると、どうやったら死体がダイイングメッセージなんて書けるんですか?」
マリの疑問に答えたのは、大川だった。「簡単ですよ。僕らが最初に部屋に入った時に、まだ小野さんは死亡していなかったんです」
岩崎は「どういうことだ?」と大川を睨んだ。適当な事を言ったらただじゃおかないぞ、という迫力も含んだ表情だった。
「では逆に聞きますが、どうして僕らは小野さんが死亡したのだと思ったのでしょう?」
「それは、そこの助手の姉ちゃんが、小野は死んだって・・・」そこで、岩崎はハッとした顔つきになった。
大川は中村のほうを向いて、言った。
「ええ、あの時小野さんは死亡していなかったにも関わらず、中村さんは『死亡した』と嘘をついた。それをする理由は犯人以外ありませんし、もし本当に死亡していたのであれば、死んだ小野さんにダイイングメッセージは書けません。つまり、小野さんを殺害した犯人は、中村さん、あなたです」
中村は何も言わないまま大川を見つめている。部屋の窓が吹雪で音を立てている。
大川は続けた。「これから僕の推理、いや、仮定をお話したいと思います。まず中村さんは黒田さんを殺害した後、一旦ロビーに集まり、それから全員をそれぞれの部屋に解散させた。その後小野さんの部屋に入り込み、部屋に鍵をかけてから小野さんを鉢植えで殴打。小野さんは倒れました。が、」
「が?」津田が聞き返した。
「小野さんは頭を打たれる寸前、『やめろ!』という叫び声をあげた。これは実際に僕も聞きました。そして、これはおそらく中村さんには予想外の出来事だった。頭を打たれた小野さんはそのまま倒れこんだが、ここでもうひとつ犯人に予想外の出来事が起こった」
「小野さんが、それで死ななかったことってこと?」ユウコが聞いた。
「そうです。重症を負って気絶はしたものの、死亡には至らなかった。中村さんは止めを刺そうと思ったが、叫び声を聞いた他の宿泊客が集まるのを聞き、窓から外に逃げ出した。自分も一緒にドアの前に駆けつけなければ、間違いなく犯人扱いされますからね。そして中村さんは外をまわって玄関から再び山荘に入り、さっきまで部屋にいたという振りを装ってドアの前へ向かう」
「ってことは、俺たちが部屋に入った時に窓に鍵がかかっていたっていうのも・・・」岩崎が口を挟んだ。
「ええ。僕らが小野さんに目をとられている隙に、自分で鍵をかけたのでしょう。普通、探偵の助手という方であれば尚更ですが、目の前で人が倒れているのを素通りして窓へ向かったりはしません。鍵をかけたあとは動揺を装って、あたかも鍵が最初からかかっていたかのように振舞えばいい。
そして中村さんは小野さんの脈を計る振りをし、僕らに小野さんが死んだと嘘の報告をした。更に、小野さんが気絶から目覚めてしまわないうちに僕らを一旦ダイニングへ追い出し、後からまた改めて殺害することにした」
「じゃあ、あたしがトイレにいる間に・・・」マリが言った。
「最初、中村さんは一人でトイレに行く振りをして殺害を再開する予定だった。が、マリさんがついてくるとなるとそれもできない。しかし、どうやらマリさんはどうやら、ええと、長いほうのトイレを希望していたようだったため、中村さんはマリさんの同行を許可したのでしょう。マリさんがトイレに入っている間に中村さんは小野さんの部屋に入った。
ところがそこで、思わぬものを見つけてしまった。それは、倒れた植木鉢の底に書かれていたダイイングメッセージでした。それはあまりにもシンプルで、ダイイングメッセージとしてははるかに優秀な部類に入るくらいに、すぐに犯人が分かってしまうものだった。恐らく僕らが最初の発見からダイニングに戻った後、一時的に目を覚ました小野さんが、薄れる意識の中で書いたものでしょう。
それを中村さんは見つけてしまった。これが残ってはいずれ自分が犯人だと分かってしまう。そこで・・・」
「書き足した?」岩崎が答えた。
「鋭いですね。多分、そのとおりです。中村さんは小野さんを完全に殺害した後、小野さんの血を使って上からダイイングメッセージを書き足した。指についた血液は、おそらくトイレに戻った際に洗い流したのでしょう。そして何食わぬ顔でマリさんとダイニングに戻った」
「では、『漕海』は既に書き足された後のものだと?なら書き足す前は一体なんと・・・」津田が言った。
「簡単なことです。ほらここ、書き順からして間違ってるとこありますよね、ここの角がくっついてなかったり」大川はダイイングメッセージを指差しながら言った。そして、津田に言って紙と鉛筆を取ってきてもらい、紙に文字を写し、それからある部分を消した。すると・・・。

「ジョシュ!カタカナでジョシュって書いてある!」ユウコが叫んだ。
「どうですか?中村さん」大川は中村の方を向いて言った。
中村は、拍手しながら言った。「素晴らしいと思います。ですが、人を犯人呼ばわりしておいて『黒田さんを殺害した方法は分かりません』では済みませんよ」
大川は気持ちを落ち着けるために深呼吸をした後、言った。「黒田さんの殺害に関しては、小野さんのものよりは至ってシンプルです。ユウコさんとマリさん、確かあなた方、『黒田さんがおにぎりを途中まで食べて、中身の具を見せてくれた』って言ってましたよね?」大川はユウコとマリに聞いた。
「はい、言いました。黒田さんは確かにおにぎりを半分くらい食べて、それから中のツナを見せてくれて、最後まで食べたところで・・・」ユウコが答えた。
「もしおにぎりのうちの、ご飯やツナに毒が盛られているのだとしたら、食べた一口目でその毒の効果が表れるはずです。それが半分まで食べられたということは、おにぎり自体に毒が盛られていた訳ではなかった」
「では一体、どこに毒が盛られたっていうんですか?」津田が聞いた。
「黒田さんはよく、帽子を指でクルクル回していました。恐らく癖なのでしょう。僕が何度も見た訳ではありませんので、これは推測ですが。
さてここで質問ですが、ここであの帽子の内側に毒を塗っておくと、一体どうなるでしょうか?」大川が言った。
「癖で帽子を回して、その指でおにぎりを食べる・・・」岩崎が呟いた。
「そして黒田さんは死亡した。と、ここまでが僕の仮定です。どうですか?」そう言って大川は中村と向かい合った。
「本当に素晴らしいと思います。ですが、こう言っては失礼ですが、あなたの話はただの仮定であって、すべて想像でしかありません。ダイイングメッセージが書き足されたものだという証拠もなければ、ジョシュという文字も『そう言われればそう見える』程度のものでしかありませんしね。
何か決定的な証拠はおありですか?探偵さん」中村は大川をからかうようにして言った。
大川は再び深呼吸をした後で、言った。
「中村さんは確か、僕らが最初に小野さんの部屋の前に集まった時、靴下を脱いだのを『コーヒーをこぼした』からだと説明してくれましたよね?ですが、部屋にいたのであれば予備の靴下ぐらい持っていてもおかしくないはず。なにせ僕らは泊まりに来たんですから。違いますか?それに、もし本当に予備の靴下がなかったのだとしても、濡れた靴下をわざわざポケットに入れたりはしません。バッグに入れるなりして部屋に置いてくるはずです。本当に部屋にいたのであれば。
つまり靴下を交換できなかったのは、その時部屋にいなかったからです。そして実はコーヒーなんてこぼしていない。そう、靴下を脱いだ本当の理由は、小野さんを気絶させた後部屋の窓から逃げて外を走った際、地面の雪で靴下を濡らしてしまったからです」
大川はここまで言った後で、最後の深呼吸をして、言った。「それでは中村さん、あなたのポケットに入っている靴下、見せてもらえますか?」
「推理小説を読んでる人って、みんなこうなの?イヤになるわ」
そう言って中村はポケットから濡れた真っ白な靴下を取り出し、それを白旗のようにヒラヒラと振って、黒田と小野を殺害したことを認めた。
大川は続けた。「あなたが『コーヒーをこぼした』と言ったの聞いた時、引っかかるものを感じました。僕らの部屋は確かにお洒落で住みやすい部屋でしたが、コーヒーメイカーは置かれていなかった」
「宿賃高いくせに、コーヒーメイカーもないなんて、なんて山荘なのかしら。管理人の顔が見たいわ」中村は津田を見て、そう小さく笑った。津田は中村に「失敗ですね」と言って、頭をかいた。
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