- 2009-10-01 (木)
死体をいつまでもダイニングに横たえておく訳にもいかないので、とりあえず黒田の死体は男たちの手によって空き室のベッドに運ばれた。大川は「死体なんか触ったの初めてだよ・・・」と動揺を隠しきれず、岩崎は「探偵が死んじまったら話が成り立たねえじゃねえか」と、何やらぶつぶつ呟き、小野に至っては気分を悪くしてしまったようで、10分以上もトイレにこもりっぱなしだった。
本来であればこういう状況でこそ探偵が活躍するのだが、その探偵が既に死んでしまったため、場を仕切るのは探偵助手の中村が担当することになった。
「まさかこんな事になるとは・・・」と、一番冷静そうに見えた中村でさえ動揺していたが、死んだのが身内といえど、さすがに人が死ぬ状況には慣れているのだろう。しばらくしてから山荘にいた全員をロビーに集め、状況を整理しはじめた。
「まず黒田さんの死因についてですが、彼が食事中だった事と、口から泡を吹いていたことから、恐らく青酸カリなどの毒物による中毒死と思われます。それから・・・」
「じゃあ料理に毒が入ってたってのか!」岩崎が話を遮って叫んだ。「おい管理人、あんたが料理に変なもん混ぜたんじゃないだろうな」と津田に詰め寄り、胸倉を掴んだ。津田は心底怯えた表情で「そんなことはありません!仮にそうだとしたら、黒田さんだけでなく他の方も毒で倒れてしまうはずです」と言った。「ですよね?中村さん」
「ええ。そして、黒田さんが死亡直前まで食べていたのは、ツナのおにぎりでした」中村が黒田の死体を眺めながら言った。「間違いなく毒はツナのおにぎりに混入されていたはずです」
「だけどツナのおにぎりは、あたしも食べました」ユウコが声を震わせて言った。「どうしよう」
「恐らく心配はありません。黒田さんの症状から推測すると、毒は即効性のものです。今なんともないのであれば、毒が含まれていたのは黒田さんの食べたおにぎりだけだったのでしょう」
「ってことは、どういうことなの?」マリが心配そうに言った。
「えっと、つまり、全部のおにぎりに毒が盛られていたんじゃなくて、食事が始まってから特定のおにぎりにピンポイントで毒が盛られた、ってことじゃないですか?」大川が自信なさげに言った。岩崎が「やけに頭の回転が早いな、お前も探偵か?」と茶化すと、大川は「違いますよ!ただ、こういう場面はよく推理小説で読んでましたから・・・」と否定した後、自分の推測を述べた。「恐らく、犯人は黒田さんが見ていない隙に彼のおにぎりに毒を盛ったのではないでしょうか。一旦お皿に置いた隙に、とか」
それに対してマリは「それはないですよ。だって彼、ずっとおにぎりを手に持ってましたもん。だよね?」とユウコを振り返り、ユウコは「そうそう、ずっと持ってた」とそれを肯定した。
腕を組んでそれを聞いていた岩崎は、二人に向かって「あんたらがやったんじゃないのか?」と言った。「一番毒を盛りやすい場所にいたあんたらがそれを証言したって、仕方ない。だろ?探偵野郎があんたらの片方と話してる隙に、どっちかが皿のおにぎりに毒を盛ればいい」
「それはないと思います」否定したのは中村だった。「黒田さんは、あんな性格でしたけど、やはり探偵は探偵、周囲の人間の行動には人一倍敏感でした。彼の目の前で毒を盛るようなことは不可能だと思います。仮に行ったとしても彼は『お腹一杯になっちゃったよ、後は残そう』なんて言って、怪しんで食べなかったと思います」
「黒田さんが倒れる直前までの行動を、聞かせてもらえますか?」しばらくして中村がユウコとマリに聞いた。
「えっと、話しかけてきた後は、最初に小皿にエビチリを取って食べてました」「そうそう。それから、天ぷらと、ムニエル?と、それから・・・」「そこでおにぎりを食べたんじゃなかったっけ?」「そうそう、それでツナのおにぎりを大皿から選んで取って、半分まで食べたところで『俺これ好きなんだよ』って言って、中の具を見せてくれて、それで全部食べきったところで急に・・・倒れて・・・」最後は消え入りそうな声で、マリは言った。
「例えば、料理じゃなくてドリンクに混ぜられていたとは考えられませんか?」いつの間にかトイレから戻ってきた小野が、推理に加わっていた。
ユウコとマリはお互い顔を見合わせ、それからユウコが言った。「黒田さんは一口もドリンクを飲みませんでしたよ。うん、なんだかずっと料理ばかり食べていました」
ユウコがそう言い、二人で頷きあった。中村も「確かに黒田さんは、食事中には一切飲み物を飲まない人でした。いつでも全部の料理を食べ終えた後に、それからやっと何かを飲むという人でしたから・・・」と言った。
それから、少し考えるような素振りを見せた後で中村が続けた。
「問題は、黒田さんが手を伸ばしたおにぎりにどうやって毒を盛ったか、という事です。山荘の全員を皆殺しにしようというのであれば話は別ですが、黒田さんという特定の人物のみを殺害しようとなると、おにぎりには“彼だけが手に取るような細工”、もしくは“真っ先に彼が手に取る細工”を施さなくてはなりません」
「その細工っていうのは?」大川が尋ねた。
「それは・・・まだ考えてません」中村が申し訳なさそうにかぶりを振った。
「何だよ、頼りねぇなー」岩崎がため息をついた。
「とにかく、吹雪が止んで携帯が繋がるようになるまでじっとしていましょう。明日には吹雪も止むはずです」中村は犯人探しを断念し、ロビーの人々を解散させた。中村を含む宿泊客は、皆それぞれ自分の部屋に戻っていった。中村と岩崎と大川は2階。小野とユウコ・マリは1階、津田は洗い場へ食器の片付けをしに戻っていった。
大川が小野の悲鳴を聞いたのは、全員が解散してから1時間ほど経った頃だった。ベッドに寝転がってお気に入りの推理小説をめくっていた大川は、驚いてベッドから跳ね起き、急いで階段を駆け下りて小野の部屋へ向かった。
ドアに駆け寄り、ドアノブに手をかけてみたが、開かない。どうやら鍵がかかっているらしい。「小野さん!小野さん!」大川がドア向かいに声をかけながら必死にガチャガチャとドアノブを動かしていると、別の部屋から宿泊客たちが集まってきた。
「大川さん、何があったんですか!?」最初にやってきたのは、ユウコとマリだった。
「僕にも分からないんだけど、小野さんの悲鳴があって・・・それで来たんだけど、鍵がかかってて入れないんです。それに呼びかけても返事もないし・・・」大川がそう説明した。
それから岩崎、津田、中村の順に小野の部屋前に集まった。ところが、その三人は全員何かしらの服装が変わっていた。
まず岩崎は、どういう訳か上半身はロングTシャツなのに、下半身だけパジャマという変わったいでたちだった。大川が「どうしたんですか?」と聞くと、岩崎は「ちょっとな・・・」と口を濁らせた。
次に津田は、眼鏡をかけて登場した。大川がそれについても尋ねると、「気分を落ち着かせようと読書をしていまして、その時に悲鳴が聞こえ、慌てて駆けてきたので・・・」と説明した。
最後に中村は、裸足になっていた。「コーヒーをこぼしちゃって」と言った。脱いだ靴下はポケットに入っているようで、着ているパーカーのポケットが少し膨らんでいた。
「とにかく、部屋に入って小野さんの安否を確かめないと」と中村が言い、大川と岩崎と津田は、ドアに向かって三人がかりの体当たりを試みた。そして、5度目の体当たりでようやくドアが開いた。その勢いで3人が部屋に倒れこむ。
部屋の明かりはついていたので、小野が頭から血を流して倒れていたのは、誰の目にも鮮明に映った。小野の横には凶器と思われる血のついた鉢植えが倒れており、小野はうつ伏せで万歳をしたまま動かない。少し間を置いてから、マリとユウコが悲鳴を上げた。大川は「そんな・・・2人目・・・」とつぶやき、津田は「なんということでしょう・・・」と頭をかかえ、岩崎は「これじゃまるで・・・」と小さく言った。
すると、窓際にいた中村が、驚きの声をあげた。
「おい、どうかしたのか」岩崎が中村を見やると、中村は窓の鍵を指差して、声を震わせて言った。
「鍵が、窓の鍵がかかっているんです」
中村が小野の脈がないことを確認し、既に死亡していることを宿泊客に告げると、一瞬で場の空気が凍った。マリは足が震えて立てないらしく、ユウコが「大丈夫、大丈夫」と背中をさすっていた。岩崎は「密室殺人・・・」と呟いたまま、腕組みをして動かない。
中村は「皆さん、一度ここはダイニングに戻りましょう。死因が外傷であるこのような場合、遺体もなるべく動かさない方がいいですから」と言ったので、小野は床に寝かせたままで全員ダイニングに戻ることにした。
「もう、犯人は一体誰なのよ!」ユウコが叫び、ダイニングのテーブルを叩き、周囲の人間を見回した。黒田が死んだときは探偵ごっこの気分で推理もできたが、二人目が死んだとなると、三人目、つまり次に自分が殺されない理由はないのだ。大川はそれを思うとゾッとした。そして恐らく他の人たちも同じ事を考えているのだろう、とも思った。
そうだ、みんな怖いんだ、犯人以外は。
大川はまず、空回りする頭を落ち着かせることを意識した。昔から大川は慌てることこそ多かったが、その分自分を落ち着かせることや、状況を整理することには慣れていた。推理小説が好きなのもそのせいかもしれない。いったん感情という枠を捨て去り、周りの人間が行った行動や発した台詞などについて考察し、ちょっとでも変だと思ったところはとことん考える。
そんな具合で大川が考え込んでいると、中村が「すいませんが、お手洗いに言ってきます」と言って席を立った。するとマリが「あの、私もいいですか?」と言った。「こんな状況じゃ怖くて一人で行けなくて・・・」マリはそう言って、泣き笑いのような表情を浮かべた。
中村はにこりと笑い、「もちろん構いませんよ。さ、行きましょう」と言い、二人でダイニングを出て、ロビーにある共用トイレへ向かった。
「あたし、あの女の人怪しいと思うんですよ」ユウコがそう言ったのは、中村とマリが席を立った直後だった。首を振って中村が近くにいないことを確認すると、「だって、相方の探偵が殺されてもちょっと目潤ませたぐらいで平然としてるし、なんていうか、一番冷静だから」と小さな声で言った。大川も岩崎もそれには返事をせず、津田も何か考え込んでいるようだった。
5分ほどして大川は「ちょっと僕もトイレに」と言って席を立った。更に岩崎まで「俺もだ」と言って席を立とうとしたところで、ユウコが喚いた。
「ちょっと、逃げないでくださいよ!もし津田さんが犯人だったらどうするんですか!あたし殺されちゃうじゃないですか!」
「大丈夫、君ぐらい元気なら、刺されたぐらいじゃ死なないですよ」大川は元気付けようとして冗談を言ったが、ユウコは笑わなかった。目にはうっすら涙が浮かんでさえいた。なので大川は、岩崎に「じゃあ先に行ってください、僕は次に行きますから」と言った。岩崎はロビーのトイレへ向かい、ダイニングには大川と津田とユウコの3人が残った。
それからしばらくして、中村とマリが戻ってきた。岩崎はまだ帰ってこない。友達が無事に帰ってきたのを見て安心したのだろうか、ユウコが「ずいぶん長かったね、うんち?」と茶化すと、マリは「うるさいな」と恥ずかしそうに言った。多分当たりなんだろう。
岩崎以外の人間が席に着いたところで、マリが「あたし見ちゃったの」と言った。
「見たって、何を?」ユウコが聞く。
「あの無表情なおじさん・・・岩崎さんがね、ダイニングから出てくるのが見えたの。それで、トイレに行くのかなと思ったら、自分の部屋に行ったの。何してるんだろうと思って部屋のドアの隙間から覗いてみたらね、なんか真っ黒なインクみたいなのがこぼれたズボンを、自分のトランクに押し込んでるのが見えて・・・」
「それってもしかしたら、血痕なんじゃないでしょうか」中村が言った。「血って乾くと黒くなりますし・・・。そういえば小野さんの悲鳴を聞いて皆さんが駆けつけたとき、岩崎さんはなぜか下だけパジャマでした」そう言った。
「ですよね、怪しいですよね!」マリが協調した。冷静な中村が自分の意見を取り入れてくれた事が嬉しいのだろう。
大川はテーブルを見回した。マリはすっかり岩崎を犯人だと思い込んでいるようで、岩崎のほうを何度かチラチラと見ている。気の強いユウコは正面きって中村を睨んでいる。中村は姿勢を正したまま、ユウコからの視線をただ浴びている。津田は何も言わず、頭を抱えたまま何も言わない。そんな中、ただ一人だけ、ある強い確信をもつ人間がいた。
「全員揃いましたね。そこで提案なんですけど、もう一度小野さんの部屋に行ってみませんか?」岩崎が帰ってきたところで、大川は提案をした。
「いいですけど、あまり意味はないと思います」中村が言った。死体をあまり見たくないのか、マリとユウコもあまり気乗りしていないようだった。それでも大川は「少し気になることがあるんです」と、半ば強引にメンバーを小野の部屋に連れていった。
小野の部屋に行くと、彼は最初の発見時と同じ格好で倒れていた。植木鉢は小野の右手の先に置かれており、窓の鍵はしまっている。
「ほら、やっぱり何もないですよ。早く戻ろうよ」とユウコが言って、うんうんとマリが頷いた。
「確か・・・」大川は腕を組み、言った。「確か、僕が見たときは凶器の植木鉢は倒れていたはずです。覚えていませんか?」大川は岩崎に聞いてみた。「ああ、倒れていた。土もいくらかこぼれていた」岩崎は答えた。マリもうなずき、それが?という顔をした。
「それが今、垂直に立っている。これは誰かが立たせたということ、つまり僕らがダイニングにいた間に、何者かが部屋に侵入した形跡があるということです。そしてそれが可能なのは、トイレに行くと言ってダイニングを抜け出した、中村さん、マリさん、岩崎さんの3人だ」大川は三人を順に一瞥して、言った。
「おい、俺じゃねえぞ。俺じゃねえから、そこの助手か髪の丸いあんただ」と岩崎は中村とマリを順に指差した。マリは「ボブヘアーです。それに私じゃないです」とむくれた。
「まあなんでもいいけどよ、でもよ、どうして植木鉢なんか立たせたんだ?」岩崎が口にした。
「それは多分、こういうことですよ」と言って大川は植木鉢に近寄り、抱きかかえるようにしてそれを傾けた。
植木鉢の底には、血で

と書いてあった。
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