- 2009-10-01 (木)
ダイニングのテーブルには既に数人の宿泊者がかけていて、「待て」をされた犬のように食事を眺めていた。料理はとても豪華なもので、よくもまあ津田一人でこれだけ作ったものだな、と黒田が関心するほどだった。テーブルには料理の入った大きな皿が何枚も並べられており、そこから自分の分を取って食べるシステムのようだ。
宿泊客同士での会話は特になく、二人組の若い女性が豪華な料理を前にして、まるで女子校のようなテンションではしゃいでいるが、それぐらいだ。黒田が空いていた二席のうちの片方に座ると、クリーム色のパーカーに着替えた中村が駆けてきて、隣の席に座り、「ほら、トレードマーク忘れてますよ」と言って黒田の頭に黒のハットを被せた。黒田は「やっぱり記者じゃなくて、助手だった」と笑った。
宿泊客が全員そろったところで、津田が「せっかくのご縁です。皆様、自己紹介などされてはいかがでしょう」と言った。すると黒田は「じゃあ俺から!」と挙手をして立ち上がった。
「初めまして、黒田といいます。実は探偵を仕事にしていて、出かける先々で事件に巻き込まれることが多いのですが、別に僕が起こしてる訳じゃないですし、もし起こっても”だいたい解決!”しますので、ご安心ください」ハットを指でくるくる回しながら、例のアニメの主人公の決め台詞を織り交ぜ、言った。
若い女性のうちの片方が「吹雪の山荘なんて、いかにもだよね。何かあったらよろしく黒田さん!」と茶化した。
続いて中村が挨拶した。
「黒田さんの助手の中村といいます。彼と年は近いのですが、なんというか、恋人というよりは保護者のような気分でいます。ここのところ事務の仕事で追われていたので、今日はのんびり羽を伸ばしたいです。まあ、彼と一緒ではそれすら叶えられそうにもありませんが」なんだよそれー、とむくれる黒田を見つつ、言った。
眼鏡をかけた男性は、それを聞いて「手のかかるお子さんですね」と笑った。
次に挨拶したのが、中村の隣に座ったセーターを着た青年だった。
「ええと、初めまして、大川といいます。5年付き合った彼女とこの間別れてしまい、ちょうどその時に宿泊券が当たったので、これはその傷心旅行?ってことになります。えっと、趣味は読書です。よろしくお願いします」そう言ってぺこりとお辞儀をし、座った。
女の子のうちの片方が「どんなジャンルの本読むんですか?」と聞くと、大川は「推理小説が好きなんです。面白いですよ」と答えた。
「岩崎だ」そう簡潔に自分の苗字を告げた、大川の隣の親爺は無愛想な表情を繕おうともせず、自己紹介した。「仕事は自営業。券は抽選。今日は休暇だが、まあ半分仕事のようなものだ」と言った。そして座ろうとしたところを隣の若い女性に「何の仕事なんですか?」と聞かれ、「何でもいいだろう」と罰の悪そうにあしらい、座った。
「いかにも何かの犯人って顔をしてるな」黒田は正直な印象をぼそっと漏らした。
「初めまして!滝優子です。ユウコって呼んでください」岩崎に質問をした女性は、そう言って元気よく自己紹介した。明るめの髪が方まで伸びている。「今日は友達のマリと、大学の卒業旅行に来ました。といっても卒業は春なので、少しフライングですけど」そう言い、隣の友達と顔を見合わせて笑った。
「初めまして、佐倉マリです」ボブヘアーの女性が俯きがちに自己紹介すると、「マリって呼んであげてください!」とユウコが口を挟んだ。マリは恥ずかしげに「こういう山荘って一度来てみたかったんです。津田さん、ありがとうございます」と言って津田に頭を下げた。どうやら津田はマリの遠戚にあたるらしく、その縁で宿泊券を二枚譲ってもらったのだという。自己紹介を終えて胸を撫で下ろしたマリをユウコがからかう。
それを見ていた黒田は、中村に「まるでSとNだな。性格が間逆だよ。まあどっちも可愛いけど」と言い、にやにや笑った。中村は「なんでそれを私に言うんですか」と言った。
「小野です。今日は仕事の休みが取れたので、来ました」年齢は30代半ば。眼鏡をかけた、いかにも真面目そうな男性が、これから営業でも始めるかのように礼儀正しく言った。「宿泊券は、なんというか偶然手に入れました。それまであまり旅行というものに興味はなくてですね、でもせっかくだからと惰性で家を出てきたのですが、いや、来てみるもんですね。素晴らしい山荘だと思います」そう言い、席に座った。
黒田は「どこかで見たことがあるような顔だな・・・」と思ったが、「こんな顔のサラリーマンなんて、日本にはそれこそ蟻ほどいるだろうな」と思い直した。
宿泊客の自己紹介が終わると、最後に津田が大げさに咳払いを始めて、喋り始めた。
「皆様、本日は遠路はるばる”やまなか荘”においでくださいまして、まことにありがとうございます。管理人の津田でございます。従業員一同、といっても今日は私だけなのですが、皆様が来るのを心待ちにしておりました。皆様は無料宿泊券を手にして『無料だ無料だ』とおいで下さった訳ですが、今晩はただ泊まるだけでなく、どうか宿泊者同士で深く交流していただけると、思い出と一緒に友情をお持ち帰りして頂けますので、ぜひとも・・・」
「長えよ!」と黒田がスピーチを遮ったが、それを「ちゃんと聞いてなさい」と隣の中村が叱った。そのやり取りがどう見ても子供とその母親にしか見えなかったので、岩崎を除くその場にいた全員が笑った。
「とにかく、皆さん心行くまで当荘を堪能していってください」津田がそう付け足してスピーチは終わり、黒田が大声で「いただきます!」と言ったのを皮切りに、宿泊客たちは食事を始めた。
食事が始まって数分と経たないうちに中村は「そうか、そういう”いただきます"だったのか」と納得した。黒田は食事が始まるやいなや、目の前の料理には目もくれず「君ら可愛いね、大学生だっけ?」とユウコとマリに声をかけていたからだ。
黒田は女性の扱いにかけては天性のものがあると、中村は思っていた。きっと、世界で男が彼だけになったとしても、彼なら30億の女性全員を相手にできるだろう。そのくらい黒田は女性に対して、よく言えば分け隔てなく、悪く言えば節操がなかった。
大川は「すごいですね、彼」と笑って中村に話しかけた。「すごいでしょう、彼」と中村が返事をした。「あの人は何をしたって悪いと思わないんですから。息をするのと同じように、女の子を口説くんですよ」そう言って中村はエビチリを自分の皿にとって、食べた。
「小野さんは何の仕事をされているんですか?」大川が少し離れた席に座った小野に、質問した。
「出版関係の仕事ですよ。詳しくは、得意先の前で首を上下に振る仕事です」と少し疲れ気味に答えた。「大川さんは?」
「僕は保育士をやっています。詳しくは、園児の親の前で首を上下に振る仕事です」大川が小野の発言を真似たので、小野は笑った。「どの仕事もそう変わらないですね。そうだ、この唐揚げおいしいですよ。大川さんもどうぞ」と言って唐揚げの大皿を大川によこした。大川は「どうも」と言ってそれを受け取り、自分の小皿に2つ取り分けて大皿を返した。
また、大川は自分の料理を食べながら隣に座った岩崎の表情をちらちらと伺っていたが、意外だったのは、自己紹介であんなに無愛想だった岩崎が、料理がおいしいせいだろうか、時折幸せそうに顔を綻ばせるのだった。疑問に思ってじっと見ていると、一瞬目が合い、岩崎は「ふん」と鼻をならして元の無愛想な表情に戻った。
事件が起こったのは、食事が始まって20分ほど経った頃の事だった。突然、「キャー!」という甲高い悲鳴と、「パリーン!」という食器が割れる音が、同時にダイニングに響き渡ったのだった。驚いた大川が声のした方向を見やると、共に顔を真っ青にしたユウコとマリの足元に、黒田が泡を吹いて倒れているのが分かった。その手にはおにぎりが握られており、口からは泡と米粒を垂れ流していた。
「黒田さん!」「黒田さん!」とユウコとマリが声をかけて肩をゆするが、目は白目を向いたままで、返事はない。悲鳴を聞きつけた津田が「どうしたんです!」と洗い場から駆けて戻ってきた。そして山荘の全員が倒れた黒田の周りに駆け寄り、不安を顔に出して口々に「嘘でしょ」だとか「何だよこれ」などを叫んでいる。
「・・・死んでいます」
脈がないのを確認してそう言ったのは、中村だった。「皆さん、死体から離れてください。警察を呼びます」そう言ってポケットから携帯電話を取り出したが、画面を見て、うなった。
「駄目です、吹雪のせいで携帯の電波が入りません。津田さん、ここの電話で警察を呼んでくれませんか」そう言い、ダイニングの隅に置かれていた小机と、その上の電話機を指さした。急いで津田が電話機に駆け寄り、電話をかけた。が・・・。
「電話線が切られています!」真っ青な顔で津田が叫んだ。さっきまでのお茶目なお爺さんという雰囲気は既にどこにもなく、今はただの臆病な老人と化してしまっていた。
「切られてるって、どういうこと!」ユウコが糾弾した。マリは両腕をさすって震えている。小野は分かりやすく怯え、大川は「嘘だろ」と呟き、岩崎は「まさが・・・俺が・・・」と、唖然とした表情で黒田を見つめていた。
中村は右手で黒田の目を閉じると、立ち上がって宿泊客を見回し、目を若干潤ませながら、力強く言った。
「黒田さんを殺した犯人は、私たちのうちの誰かです」
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