小説: 2009年6月アーカイブ
急に部屋の明かりが消えたので、最初、私は妻のいたずらだと思った。結婚してからというもの、私は彼女の相手をせずに本ばかり読んでいるため、時おり彼女はそっと私の部屋に入り込み、部屋の照明を消して私の読書の邪魔をしていたのだった。今回もそれだと思ったのだが、どうやら違うようで、いつもの勝ち誇ったような含み笑いが聞こえてこないことから察するに、恐らく停電だろう。窓の外からは気の早い蝉の鳴き声が聞こえる。
私は読んでいた本を閉じ、ソファから立ち上がった。暗い部屋の中を手探りで歩く。うっかりティッシュ箱を踏み潰してしまうが、なんとか部屋の入り口まで辿り着いた。照明を何度もパチパチとやってみるが、全然点く気配がない。1階では妻が騒いでいる。きっと1階も真っ暗になってしまったのだろう。私は諦めて再び部屋の中を歩き、またティッシュ箱を踏み、ソファに腰掛けた。
「停電かしら。テレビもパソコンもプツンと切れちゃったのよ」私の隣に腰掛けた妻が言う。テレビを点けっぱなしにしながらパソコンを使ったのか、その逆か、もしくは両方点けっぱなしで他のことをしていたのか。日頃私に節約を促すくせに、自分はどうなんだ。結婚当初はそうでもなかったが、結婚してちょうど5年目になる今では、些細なことが気になって仕方がない。
雑誌から仕入れたのであろうハーブに関する知識を自慢する妻を置いて、私は立ち上がって窓のほうへ向かった。私たちの家は高台にあるので、窓からは町を一望できるのだ。窓を開けて外を見てみると、どうやら他の家でも停電が起こっているようで、あちこちの家屋から「もー」というようなブーイングがあがっている。ひどいところでは子供が泣き出している家もあって、午後9時を過ぎたというのに町は少し騒然としている。窓から入るぬるい風を顔で受けながら、私はそんな光景を眺めていた。
初めはカラスか何かだと思った。電線から電線へ飛び回るそれを最初に見つけたときは、私はカラスか何かだと思って気にもしなかった。が、その何かが電線を横切る度に電線から青白い火花が飛び散り、その近郊の家の明かりが消え、どよめく家庭が増えるを見た私は、次第にそれはカラスではない別の何かだと気付いた。よく見ると、その飛んでいる何かの形が次第に掴めてきた。
ザリガニだった。通常のよりも何倍も大きい、人間の背丈ほどあるザリガニが、私たちの町の電線という電線を、その両手のハサミで切っていたのだった。しかも、空を飛んでだ。
妻を呼ぶべきか迷ったが、結局は呼んだ。そしてそのおかしな光景を二人で並んで眺めながら、「ザリガニって飛んだっけ」ということを一緒に考えた。その時の私たちは既に冷静な判断力を失っていて、「例えばカマキリが飛ぶみたいに、ザリガニだって羽ぐらい持ってたんじゃないかしら」という妻の推論を、そうかもなと私は思い始めていた。そうでもなければザリガニが空を飛ぶ現象を証明できようはずもなく、ただ私達はひとつの窓からザリガニが町の上空を飛び回るのを見ていた。
何十年に一度の流星群だってしばらく見ていれば飽きるように(少なくとも私たちはそうだった)、次第に空飛ぶザリガニなんかまったく物珍しくなくなってきた。部屋は暗いままで、クーラーはもちろん動くはずもなく、部屋は蒸し風呂のように暑くなっていた。団扇を探そうにも部屋が暗くて見つからず、妻はさっきから愚痴を言ってばかりだ。仕方がないので、私は「公園にでも行かない?」と妻を誘ってみた。夜風に当たれば妻の愚痴も少しは減るだろうと思ったのだ。
妻はTシャツに短パン、私はTシャツにスウェットのパンツという格好で外に出てきた。ほぼ、寝巻きだ。公園へ向かう道を二人で並んで歩く。車は1分に1度通るか通らないか程度だ。風がやさしく妻の髪を撫でる。が、風が湿気を帯びているので、妻はそれすらうっとおしそうで、「汗かいちゃった」だの「夏ってこれだから嫌い」だの、やっぱり愚痴をこぼしている。街灯はほとんどが切れてしまっていて、運よく点いているのを発見しても、例のザリガニがすぐさま飛んできて、ブツンと電線を切ってしまう。一度だけ私達の10mほど上空をザリガニが飛んでいくのを見たが、空を飛んでいることや、並外れた大きさ以外は普通の造形で、マントも羽織っていなければ、3分経ったら帰る様子もない。5分ほど歩き、私たちは公園に到着した。
意外なことに、公園には町の住民が数多く来ていた。その公園にはあちこちにベンチがあって、「こんなにいるのか」と思わずにはいられないほど多く設置されていたが、それらがほとんど使われているのを見ると、恐らく10人強はこの公園に来ているに違いない。
私たち夫婦も同じように空いているベンチを見つけて腰かけ、一息つく。ついたところで再開した妻の愚痴を聞き流しながら、私は結婚した頃のことを思い出していた。あの頃は結婚生活の何もかもが新鮮で、妻の洗濯物を取り込む姿や、風呂を掃除する姿、いや妻だけでない、庭に咲いたタンポポや、水溜りに映った雲と空、そのすべてが真新しく見えた。それなのに今では、すべてがあって当たり前のように思えてしまっている。どこの夫婦もみなそうなのだろうか。恐らくそうなんだろうけど、でもこれってどうなんだろう。
私が深いため息をついたのと同時に、公園内にどよめきが走った。何だろうと思って声の方に顔を向けてみると、なんと例のザリガニが上空から私たちを見下ろしていたのだった。両手のハサミはまるで万歳をするかのように掲げているが、その姿勢で硬直したまま、公園の頭上5mほどの位置で静止していた。見たところザリガニに羽らしきものはなく、まるでUFOか何かのように空中に浮いている。
慌てて妻の方を振り返る。妻は顔で驚いてはいたが、「どうやって浮いてんのかしら」などと、案外冷静な意見を漏らした。それもそうだ。どうやって浮いているんだろう?他の町の住人たちも同じことを考えているらしく、みんな空を仰ぎながらあれこれ言っている。私たちの疑問をよそに、ザリガニはというとピタッと空中にとどまっているだけで、「地球を侵略しにきた」だの「願い事を叶えてやろう」だの言う素振りはまったく見せず、ただ、そこに浮かんでいた。
すると、「ねえ!」という声が聞こえた。男の子の声だ。声のする方を見ると、ジャングルジムのてっぺんに男の子が立っている。横にはその妹と思われる女の子が腰掛けていて、二人して空を見上げている。男の子は空を指差しながら、ジャングルジムのふもとにいる両親に呼びかけた。
「すげえ!星ってこんなに綺麗だったんだ!知らんかった!」
はっと思い、私は空を見上げた。公園の上空に広がる空には、今日何度も見上げたはずの空には、満天の星が広がっていた。黒のカーテンに刷毛で白いペンキをパパパッと飛ばしたような、そんな星空だ。名前の分かる星はほとんどないが、そのどれもが力強く、それでいて優しく輝いていて、こうも星って見ていて頼もしいものだったのかと、本でしか世界を知ろうとしなかった私ははっとさせられた。確かにそうだ、私は男の子の言うところの、「知らんかった」のだ。
隣の妻を見てみると、口をぽかんと開けたまま空を見続けている。少ししてから思い出したかのように私の方を向き、「見て、ほら、すごい!」と嬉しそうな声をあげている。ジャングルジムの男の子と大差ないはしゃぎようだ。私も自然と笑みが零れるが、胸にはいくつかの疑問が沸き起こっていた。今日だって何度も見上げたはずの空に、こんなに綺麗な星空に、どうして今まで気付かなかったんだろう?どうしてこれまで妻の愚痴ばかり聞こえていたんだろう?
するとそのとき、それまで空中に留まっていたザリガニが、急に方向を旋廻し、あっという間にどこかへ飛んでいってしまった。「ビューン」というような効果音もなく、なんの名残惜しさも匂わせず、あっという間に私たちの空から姿を消した。私が「ザリガニ星に帰ったのかな」と妻に言うと、妻は「どぶよ、どぶに決まってるでしょ」と言った。先ほどまでとはうってかわって、妻の顔はすごく晴れ晴れとしている。
公園を後にする人が増えたので、私たちもそれに習って家に帰ることにした。電灯はひとつ残らず切れていて、チョロチョロと火花を出す電線は危なかったが、見ていて何か清清しいものを感じた。どこの家からも明かりが消えていて、そうだ、夜ってこういうものだったんじゃないのか、なんて気取ったことも私は考えた。
3回目の曲がり角を曲がった時、私はふと思った。これまでは民家の明かりのせいでこの星空が見られなかったのでは?ということをだ。あのザリガニは、私たちにこの星空を見せるためにああやって電線を切っていったのでは?それともただ、ハサミの切れ味を人間に見せ付けたかっただけなのだろうか?考え込む悩む私をよそに、私の手を握って鼻歌混じりで歩く妻の髪を、風がやさしく撫でた。
私にはその風が、とても懐かしく、そしてとても愛おしいもののように感じられた。
