小説の最近のブログ記事

だいたい解決する探偵

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急に部屋の明かりが消えたので、最初、私は妻のいたずらだと思った。結婚してからというもの、私は彼女の相手をせずに本ばかり読んでいるため、時おり彼女はそっと私の部屋に入り込み、部屋の照明を消して私の読書の邪魔をしていたのだった。今回もそれだと思ったのだが、どうやら違うようで、いつもの勝ち誇ったような含み笑いが聞こえてこないことから察するに、恐らく停電だろう。窓の外からは気の早い蝉の鳴き声が聞こえる。

私は読んでいた本を閉じ、ソファから立ち上がった。暗い部屋の中を手探りで歩く。うっかりティッシュ箱を踏み潰してしまうが、なんとか部屋の入り口まで辿り着いた。照明を何度もパチパチとやってみるが、全然点く気配がない。1階では妻が騒いでいる。きっと1階も真っ暗になってしまったのだろう。私は諦めて再び部屋の中を歩き、またティッシュ箱を踏み、ソファに腰掛けた。

「停電かしら。テレビもパソコンもプツンと切れちゃったのよ」私の隣に腰掛けた妻が言う。テレビを点けっぱなしにしながらパソコンを使ったのか、その逆か、もしくは両方点けっぱなしで他のことをしていたのか。日頃私に節約を促すくせに、自分はどうなんだ。結婚当初はそうでもなかったが、結婚してちょうど5年目になる今では、些細なことが気になって仕方がない。

雑誌から仕入れたのであろうハーブに関する知識を自慢する妻を置いて、私は立ち上がって窓のほうへ向かった。私たちの家は高台にあるので、窓からは町を一望できるのだ。窓を開けて外を見てみると、どうやら他の家でも停電が起こっているようで、あちこちの家屋から「もー」というようなブーイングがあがっている。ひどいところでは子供が泣き出している家もあって、午後9時を過ぎたというのに町は少し騒然としている。窓から入るぬるい風を顔で受けながら、私はそんな光景を眺めていた。


初めはカラスか何かだと思った。電線から電線へ飛び回るそれを最初に見つけたときは、私はカラスか何かだと思って気にもしなかった。が、その何かが電線を横切る度に電線から青白い火花が飛び散り、その近郊の家の明かりが消え、どよめく家庭が増えるを見た私は、次第にそれはカラスではない別の何かだと気付いた。よく見ると、その飛んでいる何かの形が次第に掴めてきた。

ザリガニだった。通常のよりも何倍も大きい、人間の背丈ほどあるザリガニが、私たちの町の電線という電線を、その両手のハサミで切っていたのだった。しかも、空を飛んでだ。

妻を呼ぶべきか迷ったが、結局は呼んだ。そしてそのおかしな光景を二人で並んで眺めながら、「ザリガニって飛んだっけ」ということを一緒に考えた。その時の私たちは既に冷静な判断力を失っていて、「例えばカマキリが飛ぶみたいに、ザリガニだって羽ぐらい持ってたんじゃないかしら」という妻の推論を、そうかもなと私は思い始めていた。そうでもなければザリガニが空を飛ぶ現象を証明できようはずもなく、ただ私達はひとつの窓からザリガニが町の上空を飛び回るのを見ていた。

何十年に一度の流星群だってしばらく見ていれば飽きるように(少なくとも私たちはそうだった)、次第に空飛ぶザリガニなんかまったく物珍しくなくなってきた。部屋は暗いままで、クーラーはもちろん動くはずもなく、部屋は蒸し風呂のように暑くなっていた。団扇を探そうにも部屋が暗くて見つからず、妻はさっきから愚痴を言ってばかりだ。仕方がないので、私は「公園にでも行かない?」と妻を誘ってみた。夜風に当たれば妻の愚痴も少しは減るだろうと思ったのだ。

妻はTシャツに短パン、私はTシャツにスウェットのパンツという格好で外に出てきた。ほぼ、寝巻きだ。公園へ向かう道を二人で並んで歩く。車は1分に1度通るか通らないか程度だ。風がやさしく妻の髪を撫でる。が、風が湿気を帯びているので、妻はそれすらうっとおしそうで、「汗かいちゃった」だの「夏ってこれだから嫌い」だの、やっぱり愚痴をこぼしている。街灯はほとんどが切れてしまっていて、運よく点いているのを発見しても、例のザリガニがすぐさま飛んできて、ブツンと電線を切ってしまう。一度だけ私達の10mほど上空をザリガニが飛んでいくのを見たが、空を飛んでいることや、並外れた大きさ以外は普通の造形で、マントも羽織っていなければ、3分経ったら帰る様子もない。5分ほど歩き、私たちは公園に到着した。

意外なことに、公園には町の住民が数多く来ていた。その公園にはあちこちにベンチがあって、「こんなにいるのか」と思わずにはいられないほど多く設置されていたが、それらがほとんど使われているのを見ると、恐らく10人強はこの公園に来ているに違いない。

私たち夫婦も同じように空いているベンチを見つけて腰かけ、一息つく。ついたところで再開した妻の愚痴を聞き流しながら、私は結婚した頃のことを思い出していた。あの頃は結婚生活の何もかもが新鮮で、妻の洗濯物を取り込む姿や、風呂を掃除する姿、いや妻だけでない、庭に咲いたタンポポや、水溜りに映った雲と空、そのすべてが真新しく見えた。それなのに今では、すべてがあって当たり前のように思えてしまっている。どこの夫婦もみなそうなのだろうか。恐らくそうなんだろうけど、でもこれってどうなんだろう。

私が深いため息をついたのと同時に、公園内にどよめきが走った。何だろうと思って声の方に顔を向けてみると、なんと例のザリガニが上空から私たちを見下ろしていたのだった。両手のハサミはまるで万歳をするかのように掲げているが、その姿勢で硬直したまま、公園の頭上5mほどの位置で静止していた。見たところザリガニに羽らしきものはなく、まるでUFOか何かのように空中に浮いている。

慌てて妻の方を振り返る。妻は顔で驚いてはいたが、「どうやって浮いてんのかしら」などと、案外冷静な意見を漏らした。それもそうだ。どうやって浮いているんだろう?他の町の住人たちも同じことを考えているらしく、みんな空を仰ぎながらあれこれ言っている。私たちの疑問をよそに、ザリガニはというとピタッと空中にとどまっているだけで、「地球を侵略しにきた」だの「願い事を叶えてやろう」だの言う素振りはまったく見せず、ただ、そこに浮かんでいた。

すると、「ねえ!」という声が聞こえた。男の子の声だ。声のする方を見ると、ジャングルジムのてっぺんに男の子が立っている。横にはその妹と思われる女の子が腰掛けていて、二人して空を見上げている。男の子は空を指差しながら、ジャングルジムのふもとにいる両親に呼びかけた。

「すげえ!星ってこんなに綺麗だったんだ!知らんかった!」

はっと思い、私は空を見上げた。公園の上空に広がる空には、今日何度も見上げたはずの空には、満天の星が広がっていた。黒のカーテンに刷毛で白いペンキをパパパッと飛ばしたような、そんな星空だ。名前の分かる星はほとんどないが、そのどれもが力強く、それでいて優しく輝いていて、こうも星って見ていて頼もしいものだったのかと、本でしか世界を知ろうとしなかった私ははっとさせられた。確かにそうだ、私は男の子の言うところの、「知らんかった」のだ。

隣の妻を見てみると、口をぽかんと開けたまま空を見続けている。少ししてから思い出したかのように私の方を向き、「見て、ほら、すごい!」と嬉しそうな声をあげている。ジャングルジムの男の子と大差ないはしゃぎようだ。私も自然と笑みが零れるが、胸にはいくつかの疑問が沸き起こっていた。今日だって何度も見上げたはずの空に、こんなに綺麗な星空に、どうして今まで気付かなかったんだろう?どうしてこれまで妻の愚痴ばかり聞こえていたんだろう?

するとそのとき、それまで空中に留まっていたザリガニが、急に方向を旋廻し、あっという間にどこかへ飛んでいってしまった。「ビューン」というような効果音もなく、なんの名残惜しさも匂わせず、あっという間に私たちの空から姿を消した。私が「ザリガニ星に帰ったのかな」と妻に言うと、妻は「どぶよ、どぶに決まってるでしょ」と言った。先ほどまでとはうってかわって、妻の顔はすごく晴れ晴れとしている。


公園を後にする人が増えたので、私たちもそれに習って家に帰ることにした。電灯はひとつ残らず切れていて、チョロチョロと火花を出す電線は危なかったが、見ていて何か清清しいものを感じた。どこの家からも明かりが消えていて、そうだ、夜ってこういうものだったんじゃないのか、なんて気取ったことも私は考えた。

3回目の曲がり角を曲がった時、私はふと思った。これまでは民家の明かりのせいでこの星空が見られなかったのでは?ということをだ。あのザリガニは、私たちにこの星空を見せるためにああやって電線を切っていったのでは?それともただ、ハサミの切れ味を人間に見せ付けたかっただけなのだろうか?考え込む悩む私をよそに、私の手を握って鼻歌混じりで歩く妻の髪を、風がやさしく撫でた。

私にはその風が、とても懐かしく、そしてとても愛おしいもののように感じられた。

筆箱

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インターネットが小学生に普及している。

僕が小学校6年生の時ですらパソコンの授業があったのだから、あれから何年も経った今の小学生たちがパソコンを使うことに何ら違和感は感じないが、ただ、あまりに小さい頃からパソコンの使い方を覚える事に対しては、どうしても不安が拭いきれない。

既に新聞などで報道されているように、サイトでのいじめだとか、変なサイトに行っちゃって架空請求に遭ったりするとか、そういったネット関係の被害に小学生が遭っていることもそうだが、それより僕が危惧しているのは、パソコンという便利な機械は様々なものの代用品になり得る可能性を持っていて、その必要以上の便利さによって、これまでにあった何かが小学生から失われてしまうのではないか、という事だ。

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春にしては少し暑い日だった。

―「行ってきます!」

小学生らしい元気な挨拶が真新しい家の玄関に響きわたる。背中には黒のランドセル。転校初日ということで名札はないが、そのうち新しいのを貰えるはずだ。先日母親がジャスコで買ってくれた新しいシャツとズボンは、新品というだけあって汚れひとつない。

僕は先日、この町に引っ越してきた。新しい家はピカピカで、これまで住んでいた家とは大違いだ。前の家のときは泥だらけの足でも平気で廊下を歩いていたけど、これからはそうはいきそうもないな。そんな事を考えながら、昨日母親と一緒に歩いた通学路を一人で歩く。友達はできるだろうか。いじめられないだろうか。大好きなドッヂボールはやれるだろうか。昨日の夜にランドセルに詰めた期待や不安が、隙間から少し溢れ出る。

児童が登校する時間帯より少し早く登校していたので、学校には人気が少なかった。校門をくぐって職員室に向おうとするが、道が分からなかったので、途中で先生らしき大人を捕まえて道を聞いた。

職員室に入ると、僕の編入するクラスの担任だという先生が自己紹介をした。が、今ではもう名字すら覚えていない。何かの木の名前だったと思うが、もはやそれすらも確信が持てない。

チャイムが鳴ると同時に、僕と先生は教室へ向かった。4年2組。ここが僕のクラスになるらしい。ドアの隙間からはざわめき声が聞こえる。僕もあの声の仲間に入れるだろうか。先生がドアを開けて中に入ったので、少し遅れて中に入る。僕が入った途端にざわめきが一層強まる。

「静かに。今日は転校生を紹介します」

先生はそう言って僕の名前を大きな声ではっきりと言い、僕に自己紹介するようにいった。が、僕はほとんど聞いていなかった。児童の机の上にそれぞれ置かれているものに目を奪われていた。

パソコンだった。みんなの机に一つずつと教卓の上に一つ、白いノートパソコンが置かれていた。はっと振り返ってみると、黒板かと思った黒い壁は、黒板の色を表示しているだけの大きな画面であった。なんなんだろうこのクラスは、機械だらけだ。まさかと思って先生の顔を見ると、さすがに先生は人間だった。

先生の「ほら、自己紹介」の声ではっと我に返り、自分の名前と出身地、それとドッヂボールが好きであることを告げ、先生に促されて席の横まで行く。ランドセルを机の横にかけてから座る。

座った椅子も目の前の机も木製で、ほとんど前の学校と変わりなかった。様子が違うのは目の前のノートパソコンだけだった。それはパソコンについて何も知らない僕が見ても最新型だと分かるほど真新しく、デザインもかっこよかった。これを自由に使っていいのだろうか。心が弾むのが手に取るように分かった。

「ねえ、おまえってどこから来たんだっけ?」隣の男子にそう話しかけられて、顔を見る。短髪で眉毛は太く、背は僕より少し高い。彼は小学生らしいあどけなさを隠そうともせず、僕に話しかける。「あれだろ?ディズニーランドのあるとこだろ?確か」僕の前住んでいた県のことを言っているんだろう。「そうだよ」と言い、県名を口にする。

それから少し話しをする。彼の名前はシンタというそうで、言動を見ただけでもクラスで随一のお調子者であろうことが分かる。僕はどちらかと言えば大人しい性格で、前の小学校でも大人しい子とばかり遊んでいたため、こういうテンションの高い子には少し不慣れだ。

チャイムが鳴った。一時間目が始まるようだ。ランドセルの中から筆箱を取り出す。するとそこで隣のシンタが「おまえ、そんなの持ってきてんの?」と言った。僕の筆箱のデザインのことを言っているのだろうか。「え、ポケモンってダメかな・・・」と僕が言うと、「そうじゃねえよ、筆記用具なんて授業じゃいらねえよ」と返ってきた。驚いてシンタの顔をまじまじと見る。嘘を言っている様子はない。半信半疑で筆箱をランドセルに戻す。

彼が言うには、どうやらこの学校の授業では全てパソコンを使って行うらしく、だから鉛筆も消しゴムもいらないのだという。僕はパソコンなんかそれほど触ったことがなかったから、不安になってしまった。従兄弟の大学生がパソコンに詳しく、正月に家に遊びに行ったついでにマウスの使い方やタイピングの仕方なんかを教えてもらったが、それぐらいで、決して詳しいわけじゃない。

学級委員の号令に合わせて挨拶をする。座ると同時に全員がパソコンの電源を入れる。となりのシンタがやるのを見て、僕も同じようにスイッチを押す。教室中で軽快なメロディが鳴り響く。うるさいから音量を消せばいいのに、目立ちたがりの男子が必要以上に音量を上げているのだろう。隣のシンタもその一員で、わざとらしく「しまった!上げすぎた!」なんて言っている。

一時間目は算数だった。そもそも鉛筆もノートもなしでどうやって勉強するのだろう?と思っていると、先生が「じゃあいつも通りエクセルを開いてください」と言った。エクセル?訳も分からず戸惑っていると、シンタが「これだよ、この緑の四角いやつ」と言って教えてくれた。アイコンをクリックしてソフトを起動する。

すると、マス目の細かい表が画面に現れた。これで何をするのだろうと思ったら、先生がプリントを児童全員に配った。回ってきたプリントには信じられない桁数の計算が書いてあった。「19476302+29318401=?」なんていうのが何十個も書いてある。こんなのできる訳ないと思ったが、これはどうやらこのエクセルというソフトを使って解くらしく、左のシンタを見ると、彼は既にキーボードで数字を入力し始めている。慌てて僕も見様見真似でやってみることに。シンタから計算の仕方を教わり、なんとか足し算をこなし、引き算や割り算をやっているうちに1時間目が終わった。数字を入力するだけで、頭で計算しなくてもいいのは楽だけど、でも、これって本当に算数なんだろうか?放課に入ったところでその疑問をシンタにぶつけてみたところ、「大人になったら計算なんてパソコンばっかりみたいだし、いいんじゃねえの?」と返ってきた。そういうものなんだろうか。考えているうちに二時間目が始まった。

二時間目は国語だった。シンタが言うには、今はブログの書き方について学んでいるのだそうだ。「よりコメントが多く貰える書き方」や「ランキングをクリックさせる効果的な促し文」を先生が言い、それを実際に使ってブログを書くというものだった。児童全員には予め個々のブログが用意されていて、僕のブログは新しく先生が作ってくれた。僕は小さい頃から毎晩日記を書き続けていたから、日記なら慣れたものだ。それで好きな食べ物や思ったことなんかを好き勝手書いていたら、先生に怒られた。「それじゃコメントを貰えないよ」と先生は言った。

三時間目は音楽だった。歌うのは苦手だけど、もしかしたらこの学校の授業なら歌わなくてもいいかもしれない。そう推測していると、果たしてそうなった。先生に言われたとおりにデスクトップから音楽制作ソフトを開き、表示された五線譜に好きな音符をクリックで入力していく。すごく楽しい。「チャルメラ」や「ドレミの歌」のメロディを作っていたら、チャイムが鳴って授業が終わった。次の音楽の時間は、このチャイムを作ってみよう。そんなことを考える。

四時間目は図工だった。図工室に移動するのかなと思ったら、そうではなく、教室で行うらしい。今度は何のソフトを使うんだろうと思ったら、フォトショップだった。先生が指定したフォルダから一枚の写真を開く。学校の教室から撮ったと思われる、空の写真だった。青色がくすんでいて、あまり上手な写真とは思えない。これをどうするんだろうと思っていたら、先生が「今日は色調補正の機能を使って、空の青色を調節してみましょう」と言った。何がなんだか分からないでいると、隣のシンタが「おい、見ろよ」と話しかけてきた。何だろうと思って彼のパソコンの画面を見ると、写真の空をガンダムが飛行していた。他の画像と合成したのだろう。「うまいだろ」と彼は言い、ちょうどやってきた先生に見つかって怒られている。僕は先生の指示したとおりに作業してみたが、空だけじゃなく運動場の色まで調節されてしまったりして、なかなかうまくいかなかった。そんな感じで四時間目が終わる。

午前の授業が終わってお昼になったので、給食の時間だ。この学校では給食もちょっと変わっているのだろうかと思ったら、給食だけは普通だった。近い机をくっつけて教室を会議室みたいにして、白衣を着た数名の給食当番が食器に給食をとりわけ、学級委員の「いただきます」の挨拶で全員が食べ始める。そこまでは前の学校と一緒だったけど、そこからが違った。会話がないのだ。いつも騒がしいシンタでさえ一切喋らず、モグモグと口を動かしながら画面を見つつ、時おりキーボードに何かを打ち込んでいる。

机を移動した結果向かい合う形になった彼に、小さな声で「ねえ、みんな喋らないの?」と訊いてみる。すると彼は「喋ってんじゃねえかよ」と言った。またもや訳が分からずに頭の上に?マークを浮かべていると、彼は自分のパソコンの画面を僕の方に向けた。そこには会話文と思われる文がひっきりなしに並べられていて、随時新しい発言が上のほうに表示され、古いほうから下へ繰り下がっていく。確か、チャットというやつだ。これでクラスメイトと会話しているらしい。

「なんでこれで話すの?」と僕が聞くと、シンタは「食べながらじゃ話しづれえだろ、こっちの方がいいんだよ」と言った。マジか、と僕は思った。シンタに教えてもらってチャットの使い方を覚え、他のクラスメイトと話しをする。転校生ということもあって色々な男子や女子が話しかけてきてくれたが、顔は分からず終いだった。画面には名前しか表示されていないからだ。

そんな感じで給食を食べ終わり、昼放課に入った。その途端クラスの男子の一人が「ドッヂやろうぜ!」と大きな声で叫んだ。「サッカーがいいよ」と反対する男子もいたが、多数決で結局はドッヂをやることになった。やった!小さくガッツポーズをする。転校初日だし、ここは試合で活躍してみんなにいいところを見せてやりたい。

ところが、みんなはいつまで経ってもグラウンドへ行こうとしない。自分の席でノートパソコンと向かい合ったままだ。そのまま「やった!」だの「くそー」だの言っている。シンタは「そんなん当たる訳ねえし!」なんて強気なことを言っている。

もう大体想像はついている。シンタのパソコンの画面を後ろから覗いてみると、画面の中を小さなキャラクターたちが所狭しと動き回っていて、ボールのようなアイコンも中を飛び交っている。やっぱりか・・・。肩を落とす僕の前でシンタは両手で休むことなくキーボードを叩き続け、それに合わせて彼の操作するキャラクターがコートの内野を駆け回っている。そしてボールをキャッチしては素早く相手の内野を当てて数を減らしていき、あっという間に相手チームを全滅させてしまった。

「楽勝!」と彼は声をあげ、同時に「くそー」と教室のあちこちで残念そうな声がする。恐らく負けたチームの人たちだろう。シンタはくるりと後ろを振り返って「オンライン対戦もできるんだぜ」と言った。僕は「すごいね」笑顔を作って言い、自分の席に座り、ため息をつく。仕方がないのでクラスメイトのブログを読んで放課が終わるのを待つ。

しばらくすると、教室の掃除ロッカーのあたりで怒声が聞こえてきた。何だろうと思ってそっちを見やると、おにぎりのような体型をした気性の荒そうな男子が、メガネをかけた気の弱そうな男子の襟を掴みあげていた。隣のシンタは「あーあ、またやってるよ」と呆れ顔だ。二人が言い合うのを止める人はおらず、みんな自分のパソコンと向かい合ったままだ。見向きもしない。

隣のシンタが言うには、おにぎり君のほうはタケちゃんというそうだ。「メガネの子のほうは?」と僕が訊くと「ん?あいつはメガネだ」と返された。そのまんまだ。ケンカしている人を見るのはイヤだから止めたいけど、間に割って入る勇気が出せずにいる。

「お前しかいないんだよ!」とタケちゃんが叫ぶ。
「そんなの、証拠がないじゃんか・・・」とメガネくんが反論する。
「うるせえ!俺らのパソコンはネットに繋いでないんだから、やったのは同じクラスの奴しかいないんだよ!だったらお前以外に誰がいるんだよ!バカだのアホだの書きやがって!」そう言うやいなや、タケちゃんはメガネ君を掃除ロッカーに突き飛ばした。

ガン!と掃除ロッカーが音を立てて揺れる。慌てて僕はメガネ君のもとに駆け寄り、「ねえ、どうしたの?」と理由を聞く。メガネ君は「あ、転校生」と一言言った後で、仲間を見つけて安心したのだろうか、泣き出しそうな顔をして言った。

「タケちゃんが『俺のブログを荒らしたのはお前だろ』って言いがかりをつけてくるんだよ」
荒らしというのが何かはよく分からないが、なんとなく性質の悪そうな行為だとは言葉の感じで分かった。

「言いがかりじゃねえよ、犯人はお前なんだから」タケちゃんが口を挟む。
「じゃあ証拠を見せてよ!」とメガネくんが反論する。もう既に半泣きだ。

かわいそうになったので僕も「ええと、なんでこの子がそういうことしたと思うの?」とタケちゃんに向かって訊いてみると、タケちゃんは「転校生は黙ってろよ」と言った。そして少し考える顔を見せた後で、こう言った。

「もしかして転校生、おまえか?俺のブログ荒らしたの」

僕はブルブルと首を振り、自分の無実を証明しようとした。「そもそも荒らしっていうのが何なのかすら分からないんだ」と身の潔白を証明しようとしたところでチャイムが鳴り、タケちゃんはメガネ君に「次やったら殴るからな」と言い捨てて席に戻り、騒動はひとまず収まった。僕が自分の席に戻ると、隣からシンタが「あまり首突っ込まないほうがいいぜ、あんなのしょっちゅうだから」と言った。メガネくんはしくしくと泣いていた。

五時間目は道徳の授業だった。何を勉強するんだろうと思ったら、先生は「今日のテーマは『人の悪口はどうしていけないか』です。思ったことをどんどん率直に発言してください」と言った。どうやら道徳の授業では毎回、あるテーマに沿ってクラスメイトと1対1で議論を行うらしい。それも実際に口頭で行うのではなく、チャットでするそうだ。更に驚いたことに、発言はすべて匿名だという。これなら思ったことを発言しやすいし、論争が白熱しても相手が誰か分からないので、後でケンカになることはないというのが狙いだろう。僕の討論の相手は「悪口を言うと相手が落ち込むので、よくないと思います」という内容を繰り返し述べていた。多分、タケちゃんだ。外見はああやって気の強そうな感じを装っているが、実は心根の優しい人なのかもしれない。チャイムが鳴って五時間目が終わる。

パソコンのデスクトップに表示されている時間割によると、今日の授業は五時間で終わりのようだ。学級委員が号令を発し、「さようなら」と全員で言って解散する。まさか「さようなら」もパソコンでやるんじゃ?と思ったが、そうならなくて安心した。

担任の先生は教室から出る間際に「そうそう、朝顔に水をやるの忘れないでね」と言った。が、教室を見回しても朝顔なんかどこにも見当たらない。そしてやはり、みんなは帰り際に自分のパソコンで何か作業をし、それから電源を切って帰っている。シンタも同じ作業をしているようで、近寄って彼の画面を見てみると、パソコンの画面には朝顔のイラストが表示されていて、「水やるのサボると枯れるんだぜ、よくできてるよな」と言った。どうやら植物を育成するソフトが各パソコンに入っているみたいで、みんなはこれを育てているようだ。僕は自分の席に座り、自分のパソコンの右下に表示されていた花のアイコンをクリックしてソフトを起動したところ、いきなり大きな種が現れて植木鉢に飛び込んだ。そこからかよ、と思った。ジョウロのアイコンをドラッグで種の上まで持っていくと、水をやる描写が描かれた。水を浴びて嬉しそうに笑う種のイラストとは裏腹に、僕はというと半ば呆れ顔でそれを見ている。

パソコンの電源を切ったところで、僕の名前が呼ばれた。呼んだのはシンタだった。彼は「一緒に帰ろうぜ!」と言った。僕はすごく嬉しかったが、それを表情に出さないようにしてそっけなく「いいよ、帰ろう」と言った。

帰り道に色々なことを話した。好きな教科に好きなポケモン、あと前の学校のこと。シンタはすごい面白いやつで、何度もくだらないことを言って僕を笑わせた。僕の家の前まで来たところで、僕はシンタに訊いてみた。どうして僕らの学校は何をするにもパソコンを使うのか。シンタは少し考える素振りを見せてからこう言った。

「俺もな、ちょっとどうかとは思ってるんだけど、でも大人になったらパソコンばっかり使うじゃねえか。今の大人を見てもそうだろ。だから今のうちに慣れておけっていう大人側の配慮じゃねえの?いや、やりすぎだとは思うんだけどな」

シンタはそう言い、にやりと笑って「そうそう、俺、ドッヂ超強えんだぜ、ゲームもだけど、リアルのほうもな」と言い、ボールを投げる動作をした。そして僕の顔を見て、「お前自己紹介で言ってたけど、ドッヂ強いんだって?まあ、俺には適わないだろうけどな」

僕は「強いなんて言ってないよ、好きって言っただけだよ」とは言わず、「ちょっと待ってて!」と彼に言い放ち、きょとんとする彼を置いて自分の家に帰り、自分の部屋から古びたボールを持って彼の元に戻った。「今からやろうよ!」と僕が言うと、彼は「二人でどうやってドッヂやるんだよ!」と笑い、ポケットから携帯電話を取り出して耳に当てた。友達を呼び出してくれているのだろう。

「来いよ、転校生もいるぜ」公園に向かいながら電話に呼びかけるシンタの少し後ろを、ボールを抱えて僕がついていく。楽しそうに電話と話すシンタを見ながら、このドッヂが終わって家に帰ったら、お母さんに携帯電話をねだってみるのもいいかもしれないな、なんて考える。夜中に友達と電話したり、メールで好きな女の子を問い詰め合ったり・・・。ウキウキしてしまっていつの間にか駆け出していた僕を、「おい、待てよ!」とシンタが追いかけてきた。彼も彼で追い抜こうとしてくるため、負けないよう全力で走る。強めの日差しが道路を照らす。

春にしては少し暑い日だった。

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こういうことになってしまう。・・・よさそうだ。

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